自己紹介

はじめまして、松岡真紀です。
大阪は住吉大社の上の天神と呼ばれる生根神社の近く、
元サッカー日本代表岡田監督のご実家である産婦人科で
至って健康に生まれました。

今では普通に見えますが、二つの大きな病を経験しています。

一つ目は幼少期からアトピー性皮膚炎でした。
鍼灸師だった父が、西洋医学、漢方薬、鍼灸、エネルギー療法などあらゆる治療法を試してくれましたが、
一進一退で、これと言った結果がでない日々。

20歳の頃に、腸のお掃除とマグマイオンをお風呂で経皮吸収する療法を実践して
嘘のように綺麗な肌になりました。
しかしその後、会社勤めの精神的ストレスからあっという間に再発してしまうことに。

「腸内環境」と「経皮吸収」の大切さと、腸内環境と「ストレス」の関連性を身をもって感じる経験ができました。

30代で合気道を習い始めたのですが、性に合ったのか一週間に5日6日と練習を重ねているうちに、
最初はアトピー性皮膚炎のために、道着が血だらけになるほどでしたが、
40歳を過ぎるころには、気がつけばアトピー性皮膚炎は消え去っていたのです。

合気道を習得練習、反復するうちに「神経」というものへの意識が生まれました。
神経の流れが良くなった、もしくは神経が繋がったからこそ、
アトピー性皮膚炎が改善されたのではないかと感じていました。

血や血管を綺麗にするサプリやアプローチは幼少期から散々ためしていましたし、
リンパマッサージも表層から深部まで受けていたのに変化しなかった肌が、
身体のなかの「神経」を通すイメージで変化してしまった。

永年のアトピー性皮膚炎が治った!という事で、
私の中で合気道は絶対的なものになっていたのです。

次に来たのが二つ目の試練。乳がんでした。

合気道に盲進していた私は、しこりや違和感を放置して、
完全に自分を見失っていました。
気がつけば腕を上げることもできなくなり、受診したところ

乳がんステージ4。
8cmと5cmのがんと、腋窩リンパ節転移38個の全身転移状態でした。

オペすら受けられない状態で、全身PET検査の待機期間、約2週間、
独自の「内観」で半生の振り返りをする時間にあてて過ごしたところ

2週間後のPET検査では、原発である乳がんとリンパ節転移はそのままでしたが、
CTにあった肺や鎖骨下、肝臓あたりに見えていた転移が全て消えていたのです。

ステージ3c。の判断が下りて、オペ、抗がん剤、放射線の三大療法を経て寛解。
5年生存経過のサバイバーでもあります。

死にはしないけれど、慢性的な辛い状態も、
死に直面する状態も、
抗がん剤や放射線による、副作用の辛さも、
経験することができました。

世の中のさまざまな苦しみを抱えておられる方々に
寄り添う仕事がしたい。
1人でも多くの方の心に明かりを灯すお手伝いができたらと
この道を選びました。